私が何だかよくわからないうちに千石清純と付き合うことになってからもう二ヶ月がたった。 取材や大会の会場で顔を合わせることはあったけど、デートらしい時間が取れたことは一度もない。 部活に励む高校生と、時間が不規則な社会人。 普通に考えれば生活リズムの違う二人がそうそう会えないことはわかりきったことだ。 それでもキヨは(本人に「キヨって呼んで」としつこくせがまれ、結局私が折れた) 文句ひとつ言わずに、暇を見つけてメールをくれる。 不思議なことに、私が疲れてる時や仕事に追われてる時は何も言ってこない。 キヨの動態視力よりすごい能力って、実はこれだったんじゃないかしら?とか思う。 合間を縫って、お茶でもしようかって時に、決まって私に急な呼び出しが入ってしまい、 流れること5回。本当にキヨって運がいいのかな?と最近では疑ってしまう。 人のせいにしてるけど、私のほうが相当ツイてないのかもしれない… 約束が守れないことが申し訳なくて、いっそ家に呼んでしまおうかと何度も思った。 でも家に呼ぶってことは泊まっていってもいいよってことで、いいオトナの私が高校生のキヨを 自分から家に誘うのは、どうも悪いことをしているみたいで、気が引けてしまうのだった。 うだうだと後ろ向きになりつつ、締切と戦っていたある夜、 いきなりキヨからの着信を知らせるメロディが鳴った。 何かあったの?と慌てて出る。 キヨは私の仕事を気遣って、滅多に電話してこないから。 かけて来るときも、メールで確認をしてから電話をくれる。 そんな気遣いが嫌味じゃなく出来るキヨを、私はすごいと思うし、嬉しく思ってる。 もちろん、調子に乗るから本人には言うつもりないけれど。 「もしもし、キヨ何かあったの?」 「凱亜ちゃん、今平気?」 「うん」 「あのさ、次の土曜日、取材の予定ある?」 「次の土曜?ちょっと待ってね。あ、例の選抜の試合に行きます」 「ほんとに?」 「そうだよ。榊監督が見てきたらどうですかって仰って下さって。  本当は部外者はお断りみたいだけど監督のお墨付きで見られることになったの」 「俺も試合するんだけど、絶対凱亜ちゃんに見て欲しいんだ」 どうしたんだろう。 取材と称してキヨの試合をわざわざ見に行ったりするけど、本人から見に来て欲しい、 なんて言われたのは初めてで。本当に何かあったんだろうかと勘ぐりたくなる。 「もちろん見るけど…何かあるの?」 「俺絶対負けないから」 私の問いには答えないで、急に真摯な声になってキヨが言った。 思わずドキっとしてしまう。 「ていうか〜凱亜ちゃんは俺の勝利の女神だから、見にきてくれたら絶対負けないけどね」 「はぁ?勝利の女神?何言ってるのよ」 いつものキヨに戻っている。 内心ほっとしながら、キヨの勝利の女神は随分とトウがたってるのねぇと 我がことながら暢気に想像してしまう。 「あ、そうそう。勝ったらキヨのお願い聞いてくれる?」 「ブリブリすんのやめなさい」 「ちぇ〜…」 「お願いって、私に出来ることなら聞くけど」 「あ、モチロン。凱亜ちゃんにしか出来ないことだから」 ものすごくご機嫌なキヨに、一抹の不安を覚えつつ、電話を切った。 色々気になったけど、待ってはくれない締切のせいで深く考える余裕はなかった。 試合当日、私は開始時間ぴったりに会場にいた。 中学時代に関東ジュニア選抜に選ばれたメンバーが、交流とお互いのレベルアップのために 時々集まって試合をしているらしい。 もちろん正式な組織ではなくて、氷帝の榊監督や青学の竜崎先生なんかが協力してて 有志によるサークル活動みたいな形式を取っているみたいだった。 有力選手ばかりで、大変ハイレベルな試合が期待できる。 試合は二面進行で行われ、好カード目白押しで、いつもだったら両方のコートを 行ったり来たりで取材に余念がないはず、なんだけどキヨのことが頭の端にひっかかって どうも調子が狂ってしまう。 しかも、その肝心のキヨを探してるけど見つからない。 コートサイドで腕組みをして試合を見つめる跡部くんに聞いてみたら、 「コートに来てから一人でずっと壁打ちしてるぜ」と意味ありげな笑顔で教えてくれた。 壁打ちのところ見てこようかな、とも思ったけど目の前の試合の結果も気になってしまい… そのままズルズルとキヨを見つけられないまま、午前最後の試合となってしまった。 皆を取材させてもらってる立場上、特定の誰かを表立って応援することはできない。 今それがこんなにもどかしい。 お互い4つのサービスゲームをキープして迎えた第9ゲーム。 これまであっさりキープされていた デュース  このゲームを取った方が試合を優位に進める  アドバンテージキヨ  「キヨ、頑張れ」心の中で繰り返す 「キヨ頑張って」 思わず、声に出してしまった。 周りの選手達は気づかなかったみたいだけど… 小さな声に気がつくはずないのにキヨがこっちを見て笑った気がした。 ポイントを鮮やかに決めて、残りのゲームもあっさり取っちゃった。 ちょっと自己嫌悪になって、コートを離れてベンチに座る ペットボトルのお茶を飲み干し、喉がカラカラだったことに気がついた。 「ねぇ、柴咲さん。ここいい?」 突然声をかけられてびっくり 「あ、不二くん。どうぞ」 「千石、強くなりましたね」 「え、ああ、そうだね」 いきなりキヨの話題をふられて 「あのポイント取ってから、突然」 視線に気がついて顔を上げると、めったに見たことのない目を私にじーっと 動悸が早くなる。ああ、美人、じゃなくてなんなのかしら 「柴咲さんが応援してた、から、かな?」 「なななな、何のことかな?」 顔を近づけて、耳元でぼそっと 「妬けちゃうなぁ」 「……!」 耳を押さえて、 「ふふふ。かわいいなぁ。あ、食事の時間だ  柴咲さん、じゃあ、また」 何が言いたいのよ何が 確実に気づかれちゃったみたいで やばいから クラブハウスで昼食、らしいので、私も昼ごはん、と駐車場に向かう 「凱亜ちゃーーーん」 「あ、キヨ」 「何も言わずに帰っちゃうの?キヨショック」 「昼ごはん行くだけよ。そのキャラやめなさいってキモいから」 「ヒドイ…じゃなくて。試合見てくれてありがと。勝利の女神って間違いなかったでしょ?  凱亜ちゃんがあのときキヨ頑張れって言ってくれたから  俺、勝てたんだ」 「地獄耳」 「ホント嬉しかった。凱亜ちゃんは表立って応援できないって わかってるから見ててくれるだけで 応援してくれて俺ってラッキー」 「あれは、つい…」 「つい俺のこと応援しちゃったんだ。キヨ愛されまくり」 満面の笑みで 「うるさい。お昼なんでしょ?いいの」 「もう試合終わったし、せっかく凱亜ちゃんいるんだから それにお願い聞いてもらわないと」 「あ、そうだったね。忘れてた」 ガーン、とよろめく。嘘。忘れてるはずなんてない 「跡部くーん。俺もう帰るから。何かあったらまた連絡ちょーだい」 「千石、てめぇ…まあ、いい。貸しにしておいてやる。柴咲も、またな」 またもや意味ありげな顔